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鳥取地方裁判所 昭和29年(ワ)105号 判決

原告ロイ・ボーエン

被告 竹内熈佐男 外三名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

請求の趣旨、

(一)  被告竹内熈佐男は原告に対し金百弐拾五万円及びこれに対する本訴状送達の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告上田光雄は別紙第一、第二、第三目録〈省略〉記載の不動産につきなした鳥取地方法務局昭二十六年七月十七日受付第二五九二号による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(三)  被告渡辺啓次は別紙第一目録記載の不動産につきなした鳥取地方法務局昭和二十七年五月二十二日受付第一五四九号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(四)  被告川口静江は別紙第二目録記載の不動産につきなした鳥取地方法務局昭和二十七年五月二十二日受付第一五五〇号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(五)  訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決及び第一項に付仮執行の宣言を求める。

請求の原因、

一  原告はオーストラリヤ人であるが、鳥取市にキヤバレー開業の目的で、昭和二十六年四月上旬、被告上田光雄を介し、被告竹内熈佐男との間に右竹内所有の別紙第一、第二、第三目録記載の土地を代金百三十万円にて買受ける契約を結び、即日内入金二十万円を、同月中旬残金百十万円を何れも被告上田を介して交付支払をなした。

右売買は「外国人の財産取得に関する政令」第三条による主務大臣の認可を受けておらず同政令第四条第七条等に違反し無効であるから、前記のとおり支払をなした金百三十万円の代金は法律上の原因なくして被告竹内が不当に利得したもので、原告は右金員の返還を請求する権利を有する。

但し右金百三十万円の内金五万円は、被告竹内より被告上田に対し本件売買の世話料として交付しているのでこれを控除し、金百二十五万円の支払を求める。

本件には民法第七百八条の不法原因給付の適用はない。

本件は「外国人の財産取得に関する政令」に違反する案件ではあるが、本件土地取得に関する契約は反道義的な契約ではない。即ち民法第七百八条は倫理思想に根ざす公序良俗に違反する場合、換言すれば社会的妥当性を欠く醜悪な場合を指し、単にその時における国家の政策的立場よりする強行法規に違反するだけの場合はこれを含まないとするのが相当であり、本政令は外国人の無認可の所有権取得の効果さえ阻止すればそれで立法の目的を達するのであるから交付金の返還請求は当然認められるべきであると信ずる。本政令違反の財産取得行為が刑罰の対象とはなつているけれどもこれは取締の効果をあげるためのものにすぎない。

二  被告上田は、昭和二十六年四月上旬頃被告竹内所有の別紙第一、第二、第三目録記載の土地について原告より買取りの代理権を与えられ、原告の代理人として被告竹内との間に代金百三十万円で売買契約を締結し、即日原告の代理人として内金二十万円を被告竹内に交付して支払をなし、同月中旬頃残金百十万円の支払を完了したが、原告に無断で昭和二十六年七月十七日鳥取地方法務局受付第一五九二号をもつて被告上田自身の名義で右三筆の土地について所有権取得登記を経由したものである。そして右不動産の売買は前記政令第三、第四、第七条等に違反して無効な行為である。仮に被告上田の所有名義に取得登記がされていることによつて正面から前記政令に触れないとしても脱法行為であることは明かである。以上何れの点よりしても右は無効行為に基く所有権取得登記であるから被告上田は該登記を抹消する義務がある。

三  被告渡辺哲次は別紙第一目録記載の不動産についてこれを被告上田より売渡を受け昭和二十七年五月二十二日鳥取地方法務局受付第一五四九号をもつて所有権取得登記をなした。

しかし前記二記載の事由によつて被告上田の所有権取得登記が無効であるから被告渡辺もこれが所有権を取得するに由なく、従つて右取得登記を抹消する義務がある。

四  被告川口静江は別紙第三目録記載の不動産について被告上田より売渡を受け、昭和二十七年五月二十二日鳥取地方法務局受付第一五五〇号所有権取得登記をなしたものであるが、前記二記載の事由により被告上田のこれが所有権取得登記は無効であるから、被告川口もこれが所有権を取得していないので、従つて右取得登記を抹消すべき義務がある。

予備的請求、(第一次)

請求の趣旨、

前記請求の趣旨(一)と同じ。

請求の原因、

仮に前記原告被告竹内間の本件不動産売買が前記政令に違反するけれども無効でないとすれば、被告竹内は原告と昭和二十六年四月上旬本件不動産全部の売買契約を結び内入金二十万円を受領したのであるから、その時又は遅くとも残金受領と同時に本件不動産の所有権は原告に帰したものである。

従つてこれが残代金の支払をなしたと同時に原告に所有権移転登記をなすべきに拘らず被告上田と共同して被告上田にこれが所有権移転登記をし原告の所有権を不法に侵害した(被告竹内被告上田の共同不法行為)。

原告は右不法行為により蒙つた不動産の価額相当の金百五十万円の損害賠償請求を被告竹内(被告上田と連帯債務)に対してなす権利を有するもので被告竹内に対してはその中金百二十五万円を請求する。

予備的請求、(第二次)

請求の趣旨、

(被告上田に対するもの)、

被告竹内が被告上田に対し別紙第一、第二目録記載の不動産についてなした売買契約はこれを取消す。

(被告渡辺、同川口に対するもの)

被告上田が被告渡辺に対し別紙第一目録記載の不動産について、又被告上田が被告川口に対し第二目録記載の不動産について夫々なした売買契約はこれを取消す。

請求の原因、

原告は被告竹内被告上田に対する不当利得返還請求権又は損害賠償請求権(本請求の原因一の不当利得返還請求権予備的請求((第一次))の損害賠償請求権である被告竹内の債務は百二十五万円被告上田の債務は百五十万円)を有するところ、被告等の本件所有権移転は何れも債権者である原告を害することを知つてなした売買による所有権移転の法律行為であるからこれが取消を請求する。

証拠〈省略〉

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

請求の原因に対する答弁、

(被告竹内関係)、

請求原因一につき、原告がオーストラリヤ人であること、本件土地取得について原告主張の政令に定める主務大臣の認可を得ていないことは認める。その余の事実は否認する。

本件土地売買は被告上田が買主であつて、その代金は百二十五万円である。被告竹内は原告に対して本件土地を売渡した事実なく、原告の請求は失当である。

仮に本件土地売買の買主が原告であつたとしても、原告の該土地取得行為は「外国人の財産取得に関する政令」第三第四条に違反するところ、右政令は強行法規であつてこれに違反した原告主張の売買は民法第七百八条の不法原因で右契約に基き原告が給付した金百二十五万円は不法原因給付である。原告は自ら不法原因たる本件契約の無効を主張してその給付の返還を求めることは許されない。

(被告上田関係)、

請求原因二前段中売買代金額及び被告上田が原告に無断で原告の代理人として被告上田名義に所有権移転登記をなしたとの点は否認する。その余の事実は認める。同後段は否認する。

原告は本件土地について所有権その他の管理権限を有しないことはその主張自体より明白である。原告は本件土地に関する所有権取得登記の抹消を求める正当な利益を有せず当事者適格を欠く。

本件土地を被告上田名義に所有権移転登記をしたのは、同被告が原告に対し単に名義を貸した前記政令をくぐるための所謂脱法の目的に出づるものではなく、被告上田が自身買主として所有権を取得したからである。被告上田は本件土地売買当時鳥取県庁に奉職していたが原告が鳥取市においてキヤバレー事業の経営を企図し、そのため株式会社を設立するについて、原告より被告上田に対し、右公職を抛棄して右キヤバレー事業経営の責任者として協力して呉れるよう懇請を受けたのでこれを承諾し、右公職を辞したが、原告は外国人であつて必しも全幅の信頼を措けないので、若し原告が右事業の着手に至らずして中止するが如き場合に被告上田の蒙るべき損害を担保するため本件土地の所有権を自己名義に取得したものであつて、この点については原告も承認していたのである。被告上田名義の所有権取得登記は右のごとくで前記政令に違反するものではないから、この点においても原告の主張は失当である。

(被告渡辺関係)、

請求原因三中被告渡辺が被告上田より原告主張のごとき所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告が被告渡辺に対し本訴請求をなす正当の利益を有しないこと及び被告上田の登記が有効であることは被告上田の答弁のとおりである。

(被告川口関係)、

請求原因四中被告川口が被告上田より原告主張のごとき所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告が被告川口に対して本訴請求をなす正当の利益のないこと及び被告上田の所有権取得登記が有効であることは被告上田の答弁のとおりである。

予備的請求(第一次)に対する答弁、

請求の趣旨に対する答弁、

原告の請求はこれを棄却するとの判決を求める。

請求の原因に対する答弁、

原告の本件不動産取得行為は前記政令に違反して無効であるので原告は本件不動産の所有権を取得していないからその所有権を前提とする請求は失当である。

予備的請求(第二次)に対する答弁、

請求の趣旨に対する答弁、

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

請求の原因に対する答弁、

請求原因事実は全部否認する。

被告竹内被告上田は原告に対し何等その主張のごとき債務を負担していない。

被告竹内同上田間の本件土地売買は原告主張の債権の発生原因たる事実であつて詐害行為ではあり得ない。

又被告渡辺同川口は本件土地取得当時債権者を害すべき事実を知つていない。

証拠〈省略〉

理由

一、被告竹内に対する主たる請求、

原告の主張によれば、原告は外国人であるところ、同被告との間になしたその別紙第一、第二、第三目録記載の土地取得の契約が「外国人の財産取得に関する政令」第三条所定の認可を受けておらず同令により無効の行為であるから、売主である同被告に交付した売買代金百三十万円は、法律上の原因なくして同被告が不当に利得したもので、原告はその返還を請求する権利を有するというのである。

前記政令はその第一条に規定するごとき趣旨の主として国民経済の自立を図り我国の乏しい土地資源を外国人より守らんとする保護政策立法であつて、我国の経済的特殊性に由来する必要已むを得ない恒久的な立法と考えられる。それは罰則をもつて強行される公の秩序に関する法令であつてかのその時々における一時的必要によつて取締る取締法規とは趣を異にする。

このような法規に反して土地を取得せんがためになした売買代金の給付は強度の反社会性をもつといわざるを得ない。

民法第七百八条の不法原因給付は反社会的不法原因に基く給付をなしたものは自己の反社会的行為を理由に給付の返還を求め得ないというのである。それは一面においてそのような反社会的原因行為による利得を相手方に保持させるという不当はあるが、その不当以上に自己の反社会的行為を給付返還の理由とすることを許せないというところに規定の趣旨がある。

本件においても前記代金給付は本件土地取得行為の不法性よりしてその返還を求め得ないとするのが妥当であると考える。

されば原告の被告竹内に対する金百二十五万円の不当利得返還請求は原告の主張自体よりして理由のないものである。

二、被告上田に対する主たる請求、

原告は前記原告と被告竹内間の本件土地売買が前記政令に違反して無効であることを理由として被告上田が原告の買受け代理人であるのに拘らず原告に無断で自己名義になした該土地所有権取得登記の抹消を求めるというのであるが、原告としては詐害行為による取消権乃至は債権者代位権に基かないでは他人間の売買の無効を主張して該売買による登記の抹消を請求することはできないものといわなければならない。

三、四、被告渡辺、同川口に対する主たる請求、

これらの請求も、つまるところは、原告が右の被告上田に対する主たる請求の場合と同じく他人間の売買の無効を主張し該売買による登記の抹消を求めるもので、かかる請求は許されないものと解する。

第一次の予備的請求、

これは原告と被告竹内との間の本件土地の売買が前記政令に違反するけれども有効であるという前提に立つものであるが、右売買が無効であることは前述のとおりであるからその前提からして成立たないからこの請求も爾余の点についての判断をするまでもなく理由がないものと云わなければならない。

第二次の予備的請求、

原告の被告竹内に対する不当利得返還請求権も不法行為による損害賠償請求権も存在しないこと前述のとおりであり、原告の被告上田に対する不法行為による損害賠償請求権も原告の被告竹内に対するものと同様原告の本件不動産所有権の取得を前提とするものでこれまた存しないことが明かである。よつてこの様な存在しない債権に基き詐害行為取消請求をなすことも亦許さるべきでないからその余の点について判断するまでもなく原告の請求は失当である。

結局原告の被告等に対する各請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原吉備彦)

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